歴史の進歩と、
科学への信頼と、
民主主義の
全能への夢が、
リアリティを
持った時代
昭和二十年八月十五日という「断絶」を受け入れ、生き抜いてきた〈昭和人〉の規範に則るならば、格差にゆれ、市場原理に翻弄されるいまの日本は、いかなるものに映るだろうか? 〈昭和の精神〉から、わたしたちがいま学ぶべきことはなにか?
生きるうえで必須であったはずの「貧しさに対する共感」のこと、負け方を忘れた日本人のこと、労働とは本来生き延びるための手段であること……。
『「おじさん」的思考』の著者の真骨頂。いまの時代で失われてしまった〈昭和的なるもの〉への痛切なオマージュ。反時代的心象に彩られた、極上のエッセイ集。
一九五〇年代から六〇年代初めまでに日本社会に奇跡的に存在したあの暖かい、緩やかな気分を「昭和的なもの」として私は懐かしく回想する。歴史の進歩と科学への信頼と民主主義の全能への夢がまだリアリティを持つことのできた時代がかつて存在した。そして、存在することを止めた。その息の根を止めることに私たちは間違いなく加担してきた。それゆえに、「昭和的なもの」を回想するとき私はいたたまれない気持ちになる。私は「昭和人」ではないが、その「いたたまれなさ」の感覚だけが「昭和人」たちから私が受け継いだわずかな遺産なのである。【本文より】
■第1章 昭和のエートス
■第2章 国を憂うということ
■第3章 情況への常識的発言
■第4章 老いの効用、成熟の流儀 |